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 06年
レッサーパンダの黄太郎とかなんとかがパンダ舎の人気をさらう。
上野のパンダの系譜は完全に斜陽。痩せていて動かないリンリンはちっともかわいくないなどと理沙が言い出す始末。
じつは老化対策の一環として身軽にするため、このころ体重を130キロから110キロにダイエットしたのだった。

 

 06年4月5日
タンタンが檻越しに尻を差し出してロンロンを誘惑。発情と判断、同衾させるも行為に至らず。

 06年4月6日
同様。

 06年4月7日
人工授精。

 06年7月
人工授精失敗が確定。妊娠ならぬニンジンを抱いての偽育児行動をとっているという。う〜、がんばれ。相手がいるだけ、まだいいよ。どうすんだよ上野は。

 

 06年8月6日
成都でメイメイの子の奇縁がオスの双子を出産。メイメイも双子だから、これだけでもすごいが…。

 06年8月7日
奇縁の双子の姉、奇珍もオスの双子を産む。代々で、昨日の今日なので、各マスコミ大きく扱う。双子の御血筋なんだろうな。

 06年12月23日
メイメイがまた出産、また季節外れ、また双子。14時47分メス、16時55分オス。弟のほうは未熟児気味で心配されたが、元気に育つ。メイメイは世界初の「秋に発情して冬に出産したパンダ」になる。

 

 07年7月中旬
リンリンの食事の量と速度が落ちる。林檎を食べなくなる。寝起きが悪くなる。

 07年8月22日
リンリンの右アゴ下に腫瘍(と新聞では報道されたが、動物園では慢性心不全によるむくみと判断)。いったん治るが9月に再発。食事に薬を混ぜたが苦くて拒否。飼育員さんの努力につぐ努力で、さまざまな方法を試し、サトウキビに仕込むことで投薬に成功。しかし体内に水がたまって、翌春までに30キロも体重増。

 

 07年3月17日
コウコウ発情。圓圓と4回の交尾。この圓圓は台湾に贈られた有名な圓圓ではなく(あれはメス)、北京から来たオスだという。とにかくコウコウはもう身も心も女。

 07年3月23日
タンタン発情、人工授精。

 07年3月24日
同室させても性行為がない。再度タンタンに人工授精。

 07年3月25日
同。

 07年8月6日
コウコウが見事に出産、オカマの判定をくだした奴らをギャフンと言わせる。双子のメス「錦心」「錦意」。産後のひだちが悪いという。性器の手術は痛かっただろうに、きちんと実績あげてくれて。だから言わんこっちゃない、繁殖研究だからこそ、こういう貴重な特殊例のデータを取らなくてどうすんだ。

 07年8月12日
タンタンは死産…。男の子だったという。それでも妊娠しただけ大したもんだ。どうすんだ上野は。

 

 07年2月9日
命名式。姉がアイヒン(愛浜)、弟がメイヒン(明浜)と名付けられた。

 07年2月20日
義父エイメイが連れ子ラウヒンを犯す。血はつながってないので、近親相姦ではなく浮気。

 07年8月6日
ラウヒンの妊娠失敗が確定。

 07年9月8日
冰星がスペインへ。

 07年10月27日
リュウヒン、シュウヒンが成都へ。前日にイベントがおこなわれたが、さようならではなく「いってらっしゃい隆浜・秋浜」という題名の、送別会ではなく「歓送会」。故郷へ帰ったとか里帰りしたではなく、「中国での繁殖研究のため、中国へと旅立った」というような言い方で統一されている。たしかに、生まれて初めて中国へ行くのだから、帰ったとか戻ったというのは違うわな。

 

 08年1月
リンリンが屋外運動場に出ようとしなくなる。室内で日射しを求め、日なたの所でじっとしていることが多かったという。だああ〜。まわりに同族がいなくて、ひとりぼっちで死が近付いてくるのを待つだけって、人間はこんなことさせる権利あったのかどうか。

 08年4月
リンリン食欲激減。

 08年4月28日
29日から
公開停止との発表。投薬も不可能、吹矢で注射するようになる。新たにつがい2頭をレンタルする方向で日中首脳会談での合意をめざし調整中との報道だが、動物園側は何も聞かされていないという。

 08年4月30日
大往生。22歳7か月。慢性心不全。病理解剖したら血液が体中に漏れ、腹腔に約37リットルの腹水。苦しまずに死んだという。

 08年5月1日
新たな貸与を調整していることを政府が認める。動物園は都に要請し続けていたらしく、じつは先の外相会談から話を進めていたらしい。

 08年5月2日
遺体は科博へ。わが報道部は4日にひとまず解散。

 08年5月6日
来日した胡錦濤国家首席が、福田首相との非公式夕食会の席上、つがい2頭の貸与を表明。深夜、(財)東京動物園協会に、外務省から貸与決定の連絡が入る。チベットをいじめて出世した奴が、チベットの動物で日本を手なづけようとしている、とマスコミは批判的。

 08年5月7日
首脳会談で貸与が正式決定。日本の子どもたちへのプレゼントなんだとか。金払ってプレゼントを借りるなんて聞いたことねえし。わが国の納税者からのプレゼントだろ。宮中晩餐会でも話が出た。
この日にはもうパンダ舎から遺影や記帳台を撤去、レッサーパンダ専用施設に改装する準備を始める。あーあ。

 08年5月8日
都や上野動物園に抗議が殺到。大金を払ってまで必要ない、その金は軍拡とチベット弾圧に流用されるなどの意見。
このあと、園内に抗議ポスターを貼ったり、街頭署名を集めるなど、反対派が活動。
区の町会連合会、上野の商店街や観光協会などは、パンダの早い来日を陳情。
産経新聞の世論調査では、反対派が91%だという。俺も、来る者は暖かく歓迎してやりたいが、手放しで喜べる心境ではない。日本のパンダは滅びたのだ。俺が払った都税が、なんで中共の懐に行くのか。

 08年9月16日
都議会の環境・建設委員会で質問。
自民の小磯明議員は、パンダ繁殖はすでに改善されつつあり、それよりも中国政府がやらかしている諸問題が未解決であり、大きな視野で考えねばならないとの理由で反対。
民主の吉田康一郎議員は、中国政府がやらかしている諸問題を日本が容認した格好になってしまう、しかも年間1億はあまりに高額との理由で反対。
公明の友利春久議員は、パンダがかわいいという話に政治を持ち込むな、子どもさんにとっては政治は関係ない、見たいものを見せてやれ、夢を与えろ、との理由で賛成。
共産の村松みえ子議員は、共産党の意見として、動物園はスポーツや文化と同じで政治を持ち込むべきでないとしながら、賛成も反対もせず。

 08年12月23日
科博の日本館1階中央ホールで剥製展。一部をのぞき4月5日まで。ランラン、カンカン、チュチュ、フェイフェイ、ホァンホァン、トントン、リンリンが展示。見に行くかどうか、さんざん悩んだが、俺は結局見ないで科博の前で頭を下げてきた…。
常設されてるフェイフェイだかホァンホァンだかの剥製は以前見たことあるが、いつも柵ごしに目が合って手を振れば反応してくれてたトントンやリンリンが、硬直して置物になった姿なんて、とても堪えられん。
ヘラヘラ笑いながら見に行ってきた理沙によれば、ランラン(たぶん)は剥製ではなくガイコツ?だったとのこと。身ぐるみはいで剥製を作り、骨は骨で標本にしてあるらしい。

 

 08年4月30日
17時半頃から精液採取、19時半頃から人工授精。

 08年5月1日
前日の精液で人工授精。

 08年5月2日
一昨日の精液で人工授精。

 08年8月26日
15時46分、タンタンついに出産。おめでとう〜! 夢は必ず叶うのだ! まだ性別不明、体重100グラム前後(推定)、体長は23〜24センチとか25センチとか報道されている。国内の人工授精成功は4例目20年ぶり、この20年ぶりということを各マスコミ大きく扱う。神戸市長は「日中のかけはしとなる金メダル」と祝福。
この日、俺は夜中にチャットしてて、「うわっ、うわうわ、今テレビで…」と教えてもらいました。ありがとうございました。

 08年8月27日
この日から約1週間の予定で、パンダの公開を全休、育児に専念。

 08年8月29日
13時50分、新生児死亡…。
体長19センチ、体重82グラム。抱かれた位置が悪かったか出が悪かったかして、母乳が飲めず衰弱死、または、強く抱かれたため圧迫死と考えられている、飼育員と獣医が24時間監視していても防げなかった、現在死因を調査中、などと報道されたが、その後、これといった原因発表を聞かない。
生前の映像を見ると、踏みつぶしそうだった。おそらく、踏みつぶしたのだろうと俺は思っている。
2010年7月3日4時30分、北京動物園でも同様の事件が起き、母の下敷きになったと正直に発表されている。どんなプロが気をつけていても起こりうるのである。

 08年8月31日
ロンロンの公開再開、記帳台を設置。タンタンの公開は未定という話だったが、屋外飼育場には出てるようだ。

 

 08年1月
メイメイが体調を崩す。便秘と食欲不振。のちに回復。

 08年1月
ユウヒンが腸閉塞。かなり危険だったが回復した。

 08年3月
ユウヒンが圓圓との交尾に失敗。童貞と処女でうまくいかなかったらしい。人工授精したという。

 08年4月17日
ユウヒンが毛毛と2回?交尾。のちに震災で瓦礫の下敷きになって死んで有名になった毛毛ではなく、命名権を売って康康という別名を付けられた毛毛。この毛毛はオリンピックのマスコットキャラ福娃のひとりジンジン(晶晶)のモデル。これとは別に、晶晶というパンダもいるという。

 08年春
ユウヒンは、慶賀というメスとも交尾に成功したという。

 08年4月下旬
エイメイ、今年も娘ラウヒンに手を出す。天然交尾。

 08年5月29日〜
エイメイ、妻メイメイとも交尾。動物園では母娘ダブル妊娠に期待を寄せている、との報道。

 08年5月30日
この日までに、前日とあわせ6回交尾。すげえな…。俺はもう、2回でも無理無理。

 08年7月26日
奇縁がまた双子を出産。「奇福」「奇妙」の姉妹。メイメイの孫。

 08年8月10日
奇珍もまた双子を出産。「貝貝」「歓歓」の兄弟。メイメイの孫。

 08年8月下旬
メイメイの妊娠失敗が確定。

 08年9月1日
ユウヒンが、毛毛との間に「大毛」という娘をさずかる。メイメイの孫。

 08年9月2日
大毛は双子で、この日、もう1頭産まれたらしいのだが…。

 08年9月5日
大毛の双子の片方は未熟児で、死亡したという。

 08年9月6日
圓圓が、「圓子」というメスを出産、これもユウヒンの子。この時点でメイメイの孫は10頭以上。

 08年9月13日
ラウヒンが双子を出産。5時35分メス194、6時49分オス116グラム。日本生まれのパンダの出産は日本初。父と娘による妊娠出産も日本パンダ史上初。上野と神戸にも少し性欲を分けてもらいたい(笑)

 08年9月16日
メイメイ発情。年2回も発情するのは世界で2例目と報道されたが、04年のシュアンシュアンが1例目ってこと?

 08年10月4日
メイメイ、食欲と動作が鈍る。1月の病状ぶりかえし。

 08年10月11日
ラウヒンの子を公開開始。公開体重測定がおこなわれた。

 08年10月15日
05時29分、メイメイ死亡。最期まで交尾をしつづけて、世界第2位の子だくさんママだった。

 08年11月13日
ラウヒンの子の名前が、メイヒン(梅浜)とエイヒン(永浜)に決定したとの発表。

 

 上野復活へと続く→ 
 復活もなにも、もうレンタル品だけどな

 

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