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 09年4月14日
ズ−ポケット会場にて、特別展「ジャイアントパンダの保全−−−リンリンからのメッセージ」。5月10日までだったが、好評につき31日まで延長。

 09年4月25日
西園ホールでトークショー。パンダの飼育の専門家と解剖の専門家による対談。

 09年7月
オグロヅルという尾の黒い鶴が、これまた絶滅危惧種なのだが、上野動物園は日本唯一これをつがいで飼っていて、日本初の孵化に成功。ヒナは一時、パンダ舎に展示。

 09年9月23日
毎週水曜13時半からやっているレッサーパンダの案内解説を、この日は慰霊祭のため中止。ざまあみやがれ、バチ当たりめが。

 09年11月
欲深い中共の足もとを見た金銭要求と、震災の影響で、借り受け交渉は停滞していたが、ようやく再開。

 

 09年1月21日
タンタン発情、人工授精。

 09年1月22日
 09年1月23日
続けて人工授精。

 09年5月19日
人工授精失敗が確定。

 09年11月24日
タンタン発情、人工授精。

 09年11月25日
 09年11月26日
続けて人工授精。これも、のちに失敗と判明。

 

 10年2月10日
都の関係者が訪中。

 10年2月11日
料金については基本合意。年間95万ドル、約8500万円で、まず10年、それ以降は改めて相談。命名権は日本側。来日時期と個体選定は、まだ。北京動物園の3つがいのうちの1つを予定。早くても来春だという。

 10年2月12日
都知事定例記者会見。11年のなるべく早期に上野にパンダを備えると発表。地元からの要望が非常に強いことが理由だという。「5万ドル値切った」「安い買い物ではないが、繁殖に成功してもらいたい」などとコメント。買い物なんだよ…。「野生動物保護の協力支援」という名目の金なのだが、そんなもん、ただ寄付すればいいのであって、パンダを見せ物にしたいのは欲。
「子ども達に希少動物の大切さを伝える教育効果も期待」という都知事の言葉が唯一の救い。
これ以降、区はぬいぐるみやポスターで、「祝 ありがとう うえのにパンダが帰ってきます! 台東区」と提示。帰ってくるわけじゃないだろう。
借り受け反対派は、一度はパンダ不要を明言した石原都知事が「ブレた」「転んだ」として批判、賛成派は「地域目線で庶民に配慮した都政」と評価。

 10年5月18日
6月上旬に協議、同下旬に調印、早ければ2月来日、3月一般公開との見通しを都が発表。上野の飼育員が訪中して個体選定するという。料金と期間は予定通りだが、各マスコミは95万ドルを約9200万円とか約8200万円とか報じている。
6月1日からの都議会定例会で、一般会計補正予算案に、関連費用1億8500万を計上予定。中国野生動物保護協会への協力資金がひとまず4600万、ほかに、空調と監視設備などパンダ舎を改修するらしくて9000万。空輸に4400万。

 10年5月
都は獣医師らを現地に派遣。個体選定を始める。

 10年7月26日
都と中国野生動物保護協会が、北京で調印式。個体が発表。写真公開。比力(ビーリー)5歳オス、135キロ。仙女(シィエンニュ)5歳メス、120キロ。いずれも臥龍の生まれで食欲旺盛。中国の価値観では、顔が真円に近いこと、鼻が低いこと、白黒が明確であることが美の基準だとかで、この2頭は文句なし太鼓判の「美男美女」に相当するという。
でもレンタルで有料でしょ。2012年夏に妊娠出産の可能性が高いと専門家が言っているというが、2頭は面識がないという。なんだそりゃ。来日は早ければ1月とか2月とか、公開は3月とか、日本名は公募とか報道されている。

 10年10月3日
レッサーパンダ、チャオ(オス)とアンアン(メス)を、パンダ舎から追放。用済み。
イソップ橋の横に新居を作るまでの間、西園オカピ舎の横に仮住まい。

 10年10月6日
残りのレッサーパンダも追放。パンダ舎は解放された。

 10年12月27日
都は比力と仙女の日本名の公募方法を発表。1月2日から園内投票投票箱、または5日から都内各所で配布するチラシか普通はがきで郵送、1月23日まで。

 

 10年6月7日
7月にレンタル期限が切れるので、5年延長する方向で9日にも合意の見通しと神戸市が発表。年間50万ドル(約4200万円)寄付が交換条件だという。
たしかにねえ、ここで終わりにはできないよ。あと一歩、惜しいところなんだから。

 10年6月9日
レンタル延長を北京で調印。

 10年7月21日
レンタル延長の記念式典。

 10年9月9日
2代目コウコウことロンロン、変死。タンタンが発情したので、9時ごろからロンロンに麻酔をかけて精液採取したところ、麻酔覚醒中に心肺停止、12時00分に死亡確認。
「死亡原因は不明」と発表されているが、なんにしても麻酔が原因だ(のちに、ヤフーのニュースサイトなどでは、窒息死とする)。

 10年9月10日
正面ゲートとパンダ館に献花台と記帳台を設置。
9月20日13時から予定していた「開園60周年記念 長寿動物へのプレゼント」というイベントを、シャレにならないので開催延期。
なぜ神戸は幸せになれないのか。一度くらい、いい目をみさせてやってくれ神様!

 10年9月13日
死なせた場合、賠償金50万ドルを支払う契約だったことが判明。
パンダの精液は3〜5月にしか採取できない、しかも、臥龍センター側では精液採取なんて連絡は受けておらず、なにか別の事故だったのでは?との噂。

 10年10月16日
献花式。動物科学資料館では11月30日まで追悼特別展。

 

 10年3月14日
コウヒンの歓送セレモニー「いってらっしゃい幸浜」。

 10年3月15日
コウヒンが成都へ。今までは関空から直行したが、今回は伊丹から成田経由だったという。むこうではシンビンと呼ばれている。

 10年3月27日
ラウヒンまたまた父エイメイに犯される(自然交配)。

 10年3月28日
同。

 10年4月28日
白浜のパンダが、大阪税関和歌山税関支署の一日署長に任命され、委嘱式。中国から借りてるパンダに署長の権限を預けるとは、さすが和歌山。たしかに密輸の象徴として、これ以上ふさわしい動物はあるまい。

 10年8月11日
ラウヒンまたまた父の子を出産、また双子。
午前7時44分オス158グラム、8時03分メス123グラム。
これで白浜は、中国以外では最多の繁殖記録をさらに更新(計12頭)。
出産も多いが双子が多いのがすばらしい。中国人は2人産んではいけない、2人目を産んだら罪(罰金)と、国家に決められているというのに、畜生が双子をぽんぽん産むのは痛快だ。
しかも、ラウヒンもメイメイ同様の育児上手らしく、2子両方に交互に授乳をやりとげているという。
名前を公募。

 10年9月4日
新生児の公開スタート。

 10年10月8日
新生児命名式。オスはカイヒン(海浜)、メスはヨウヒン(陽浜)と決定。
この名前で応募した人には、抽選で、赤ちゃんパンダプレミアムツアーなるものへの招待、入園券にもなる命名者証明カードの配布などがおこなわれた。

 

 すでに第5次ブームは始まっている 続く→ 

 

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