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 矢馳せ馬

ヤブサメの由来、今回は伊勢平蔵貞丈先生の『貞丈雑記』です。

例によって変換できない字はお許しください。この■は手へんに雹、◆は手へんに暴、「流鏑■◆」と書いて「りゅうたくはくはく」とルビがあります。

一、やぶさめと云ふ名は、やばせむまの略語なり。やとは矢なり。はせは馳なり。馬をはしらする也。(中略)又やほさめと云ふも五音相通ずる故なり、又云く馬を馳せながら矢をはなつを、やぶさめといはゞ、笠懸、犬追物をもやぶさめと云ひてもくるしからぬやうなれども、上古の騎射は、笠懸、犬追物はなくて、やぶさめばかりなりし故、其の時代にやばせむまと名付けしなり、(後略)。

一、やぶさめと云ふ字は、流鏑馬と書き来たれり、文選の中に、張衡が作りし西京賦に流鏑■◆とあり、■◆ハ矢ノ物に中ル音也、注ニ見ユ、流鏑の二字右の西京賦に出でたり、西京賦の流鏑はやぶさめの事を云ふにあらず、たゞ鏑矢の飛ぶ事を流鏑といひたるなり、流の字は飛びはしる意なり、天の星の飛ぶを流星といふに同じ心なり、やぶさめは馬を馳せながら、鏑矢を飛ばする故流鏑馬と書きてやぶさめとよませたるなり、流の字を水の流るゝ心に見てもよし、又射手の拳のより的の方へ、矢の流れ行く心に見るもよし。

つまり、言葉と漢字が、発音は無関係で意味が同じという考え。

竹刀(しない)とか茎(なかご)とか、そういう漢字の当て方はあるし、まして、馬術にはサスガ、アオリ、弓術にはユガケ、ヤナグイなど、当字の難読が多いのは御存知のとおりです。

ヤバセメでヤブサメなら近いし、この口ぶりでは、ヤオサメとも言ったらしい。

 

これは伊勢流という流派の、武家有識故実(礼法、作法、伝統、形式)の伝書です。
昔の専門家がこう認識していたということは重みがあります。万が一それが主観でも、そう思うだけの、なんらかの理由が当時あったわけだから。

 

 本当に矢馳せ馬か

ただし、これが執筆されたのは18世紀末、江戸時代も後期だということは気になります。
流鏑馬は8世紀にすたれ、18世紀初頭に再興されたものだからです。

それに、上古に笠懸と犬追物はなかったというのは、犬追物はそうかもしれませんが、笠懸は案外そうでもなさそうなので、後述します。

諸説あるものを検証していくと、ある説を正しいと認めれば、他の説をとなえている人たちを結果的に誹謗中傷するような格好になってしまううえに、特定流派について部外者がどうこう言うのは失礼であり心苦しいのですが、批判するのは学説であって人物や団体ではありませんから、そこは言論の自由ということで御容赦願います。
今回は、これをやらないことには話が進まないのと、もう伊勢流は伝承されていないようなので。

もし御子孫の方が読んでいらしたら、これはあくまでも歴史、文献学として扱っていることを御了承ください。

 

次回は、この『貞丈雑記』を書いた伊勢流は信用できるのか(すみません)という話です。

 続く→ 

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