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 パリカールパフTsKB-19(ЦКБ-19)

 

ツエ−・カー・べー19

(II.К.Б─19)
「Ц」は、活字がなかったらしい。
でも「Б」はあったらしい。

單座驅逐機

諸元及性能
識別上ノ特徴

最大速度
  約五〇〇時粁 
485くらいか。

航續時間(距離)
 約二・五時間(八五〇粁)

武  裝
 固定機關銃
     二-四

上昇速度
  五、〇〇〇米
約五分三〇秒

翼 長 約一〇米 10.2という説と、10.00という説がある。

一、低翼單葉ニシテ極端ナル流線型ヲ成シ頭部先鋭ナリ

二、上反角殆ドナシ

三、引込脚、速度甚大

四、胴體ニ近ク左翼下面ニ冷却器ヲ裝ス

一、本機ハ「イー」十七型ノ原型ナリ

二、「イー」十七型ト同型トナスモノアリ

 
ここに1行半ほどの余白をとって表を作ってある。いずれ書き足すつもりだったか。

 

 

ドイツではBf109、英国ではスピットファイアやハリケーン、イタリアではフォルゴレ、アメリカではマスタング、日本でさえ三式戦を作りました。
いずれも名機です、三式戦はともかく。
V12はちょっと見には尖ってて格好いいぜという方向があったわけです、P-40みたいにアゴの外れてるのは別として。

それのソ連版が、まずI-17だったわけですが、これは未完で終わったらしい。

 

イスパノスイザ「12Ybrs」を積んだ、TsKB-19という試作機を作った。
そのあとエンジンを「M-100A」にして、35年5月に時速500キロを出したというのがTsKB-33。

TsKB-33の、制式名が、I-17らしいんです。

ほかに、TsKB-15、TsKB-15bis、TsKB-19bisなんていうのがあって、それもみんなI-17またはI-17候補だったらしく、I-17はI-170と呼ばれていることもあり、一説にはI-17bis、I-172というのもあったらしい。

武装は、おそらくShKAS×2、爆弾を4個吊るしたという話もある。
また、ShVAK×2、ShKAS×2、という説もあり、そんな機体もあったのかもしれない(TsKB-15bisがそうらしい)。

 

I-16の後継機として高速なものになるはずだったんですが、開発が頓挫し、計画中止。
どうやら技術的にも政治的にも問題だったらしい。
兄貴のコネで鼻息の荒い
ミカヤーンさんが御自分の設計局を開設するので、パリカールパフさんの設計チームの優秀な人をみんな引き抜いてしまったらしい。

パリカールパフさんは健康的にも政治的にも恵まれず、この手のとんがった戦闘機は、このあとミーグ設計局が引き継ぎ、それもあんまり成功作ではなく、ヤーカヴリェフ設計局がもっといいのを作ったりした。

すでに作っちゃったI-17は、独ソ戦の初期に引っぱり出されて使われたともいう。

 

ここにラジエターをつけてるとか、よくわかりましたねしかし。
36年10月、パリのサロンだか航空ショーだかにI-17を出品し、仕上げが荒くて笑われた、という話があるので、外国人でも知ってる人は知ってる飛行機だったようです。
実際はラジエターは左右にあって、本書の三面図よりも水平尾翼が高く、主翼も胴体ももっと細かったらしい。

 

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