その他

御役所が手続きして国家勲章ってほど大げさじゃなくて、元首や王族から庶民への、ちょっとしたプレゼントとして、なにかくださる場合もあります。
たとえば現在、皇居の掃除は公募で集まったボランティアがやることもあるんですが(恐ろしい競争倍率ですが)、そういう人たちには記念品が出ます。

 菓子
国賓クラスが皇居に上がって天皇に拝謁した場合、天皇のテーブルから直接、菓子が運ばれてくる。それは、すぐに手をつけない。食べてもいいんだろうけど。食べずに退席すると、その菓子は1人1箱、陛下の御言葉が添えられて、その日の夕方に宿舎に届けられるものらしいんです。
現在、日本の勲章や褒章をもらう時は、「菊焼満月」という饅頭と、皇室の御写真がついてくるそうです。

 煙草入れ
世界中どこの王室でも、これを庶民にくださるということが、昔はよくありました。というか、王室がくださるものと言えばコレが定番だった。なかなか手の込んだ工芸品だったりします。
昔は紙巻煙草を自分で巻いていたし、市販のやつでもパッケージがチャチだから、名刺入れを大きくしたような携帯ケースにいちいち詰め替えた。
また、宝石をちりばめた嗅ぎ煙草入れというのもありました。
いい時代だったんだよなあ。あーあ。

 恩賜煙草
これは煙草のページに書きました。やれやれだ。あーあ。

 宮中杖
杖です。頭に鳩の像がついていたりする(あわてて豆を飲み込んでノドをつまらせるなヨの意)。
平均寿命が短かった時代、80代くらいまで長生きしたら、おめでたいことだから、王様の前でも杖をついてかまわないとする、優老賜杖というやつ。中国の伝統です。コレ
もしかしたら、きちんと制度を定めてあったわけじゃなくて、陛下のお気持ちで下賜されてたのかもしれないですが、吉田首相の米寿祝いを最後に、このしきたりはなくなったという。

 花瓶
日本では菊紋入りの銀製でした。
マッカーサーのお父さんも観戦武官として来日して、これをもらいました。
古くは、天皇の病気を治した典医が、金の花瓶を下賜された例がある。

 香炉
英国の駐日公使として長年、日本の近代化に尽力したパークスに、旭日大綬をくれてやりたかったが、外交官が他国から勲章をもらうのは英国の法律にひっかかってダメだったらしく、かわりに、明治天皇が所有していた花瓶と香炉を贈りました。

 手箱
日本では菊紋入りの蒔絵でした。

 賜酒料
これは近代軍隊の糧食のページに書きました。

 洋盃
カップやゴブレット。いろんな分野で、天皇杯とか総理大臣杯とか、優勝者にカップが出ることがある。武術ではトロフィー、美術では盾のほうがよく見かけますけど。帝国馬術協会に銀製のカップを皇室から与えるということがありました。

 東宮賜杯
東宮は、皇太子のこと。大正天皇が体調を悪くされて、当時の皇太子様(のちの昭和天皇)が摂政をおやりになってたときに、まだ天皇じゃないけど実質的にほとんど天皇の権威という状態で配った銀製のカップ。

 武具
武家の伝統では、太刀や馬や甲冑を贈られるってのは特別に意味が深いことですが、特に朝廷からというのはありがたいことで、しかも元帥刀みたいなのは別格です。
日本刀がお好きで鑑定の実力もなみなみならぬものがあった明治天皇には、どちらかというと庶民が名刀を献上することも多かった。
俺の師の兄弟弟子にあたる方たちは、首相から稽古着や竹刀をもらったという人が結構います。「橋龍の竹刀」といえば、ひところは天下の笑い者になってました。

 手紙
これは勲章よりも珍品です。勲記でさえ政府が出すものであるから、手書きで庶民個人あての親書なんてことは、ほとんどありえない。マルグレーテ様ならやるかもしれない。
俺の騎士道の師がヨーロッパ某王室から手紙をもらいましたが、侍従の代筆、もちろん署名以外はタイプライターでした。「この手紙は陛下の祝福の御言葉を伴うものである」と書いてあるけど、どういう言葉なのかは書いてないし、「陛下は大変喜んでおられる」って、そんなに感激してるんだったら本人が書けよなあと思うけれども、そこらへんが帝王学なんで。

 

 揮毫
昔の男たちは漢文と書道の素養があるから、首相などが一筆くれるということがよくありました。
うちの父が知り合いの議員にでっかい字を書いてもらったのを、ほしいという人に譲ったところ、のちに、その政治家は、短命政権だけど首相になっちまった。
あと、うちの親が結婚式のとき書いてもらったのとかもあるんですけど、だれだれさんへと書いてあるのは、買い手にとっていい気がしないから、売ったとしても少し安くなってしまうそうです。

 色紙
この程度だったら、珍しくもない。古風な人は揮毫として書きますが、かなりたくさん書きためておいて配るので、必ずしも毛筆でなかったり、大部分がハンコだったりもします。
よく力士が手形を配るのは、フリークス崇拝、民俗学で言うマレビト信仰、つまり、強くて巨体という非日常的な特異性に魔よけの効果があるという考え方なんですよね。力士にだっこしてもらえば赤ちゃんが風邪をひかないとかなんとか。プロレスラーにもペタペタさわるでしょう? そのへんに近い。あやかろうとするわけです。

 写真
こんなのまで勲章の範囲に入れていいか迷いますが、一緒に写真を撮ってくださることです。
政治家は、よく後援者とツーショットを撮るんです。がっちり握手して、こっち目線の。政治家は票と献金が欲しいし、詐欺団体やインチキ宗教は広告塔として政治家を利用する。
しかし天皇ともなると、昔の日本では絶対ありえなかったことで、行幸にいらしたのを遠くから撮らせていただくだけでも、場所や時間を制限されて、やっと撮れてもブレまくった後ろ姿くらいで、それでも家宝にしたものです。
うちの父が撮らせていただいた昭和天皇のスナップは、譲ってくれと新聞社に頼まれて、御献上になり、よく撮れているという御言葉があり、なにか記念品もあったらしいんだけれども、新聞社に対してであって、父には何も出なかった。
それが今では、そのへんのガキが両陛下と並んで、手なんかつないで写メを撮らせてもらってるじゃないの。
天皇でなくてもね、こんにちはでもなく人様の鼻先にカメラを突き付けて平気でいられるセンスって、国家どころか民族が滅びますよ。
写真は、営業スマイルのやつと、打ち解けたやつがある。
俺の師が皇太子御夫妻と並んで撮らせていただきましたが、雅子様はちょっと照れて肩をすくめるようになさってて、すんごく可愛かった。マスコミが報道するイメージとは全然違う、ただひたすら綺麗なお姉さんという感じでしたよ。
皇室の御写真は、いくらなんでも恐れ多すぎて、俺ごときのホームページには出せぬ。
もともと、王様同士で肖像を交換するというのが、しきたりとしてありました。明治天皇も、各国の国家元首とやるために写真をあつらえたけれども、写真嫌いであらせられたので大変だった。

 ビデオ
紀子様ブームのとき秘蔵映像っていうのが出回ったことがあって、「え〜、ウソでしょう? やだあ〜、もう〜」とかなんとかおっしゃっていたり、フツ〜〜〜の大学生が友達にじゃれてる姿でした。
ごく親しい知り合いでなければ、こういう具合にはいかないでしょう。こういうビデオに一緒におさまってくださるということは、昔で言えば華族に列せられるということに匹敵する、「あなたはこっち側の人間、私達の身内」ということを意味する。
由美子ちゃんの友人が、それほど名家でもないけど子どものころ学習院にかよってました。まわりはみんな、ものすごい血筋の人ばかりで、浮きまくってしまったそうです。。

 

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