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武士を名乗る人の署名

 

 省略

ワープロ文書でも、署名だけは手書きにしましょう。
宛名まで印刷の年賀状でも、自分の名前くらいは自分で書いて、さらに、なにか一言くらいは手書きで添えるって人は多いですよね。俺も絶対そうしてます。
偽造を防ぐだけでなく、誠意です。

俺はこのところ、年賀状の表側は全部毛筆です。
年末に多忙は誰だってそうなんだから言い訳にならないし、早めに準備して1日数枚ずつでも書けばいい。
池波正太郎先生は半年前から書いてたそうですが、お年玉つきハガキにしたい(笑)

人は誰でも、自分の名前を書く時は独特の顔つきになるらしくて、そんなような描写がチャンドラーにありました。
あんまり気合入れて自分の名前を書くと、格好悪い場合がある。
カードで支払いする時なんかは、けだるそうに、さらっと書くのがいいわけですね。

花押も、ここぞという時にだけ使いましょう。乱用すると重みがなくなる。愛してる愛してるってペラペラ言う奴に限って口先ばっかりというのと同じです。
ハガキに花押を入れるくらいなら封筒の手紙を出したほうがいいし、花押なんぞなくても全文毛筆で書いたほうが、はるかにかっこいい。安易な飾りではないんです。
タメ口で愚痴を書き連ねたような手紙に花押なんか入れたら、恥さらしのダメ押しのオチみたいなもんでしょう。
「自意識過剰なガキが、無理してがんばっちゃっている」というふうにならず、「普段は堅苦しくない人だが、やろうと思えば正式なこともできる」というくらいの余裕にしたほうがいい。

公家は身分の低い者に対して署名するとき、花押を書くべきところに「二合」と書いたそうです。
目下の者に対しては、苗字は頭文字くらいしか書かないという風習は、公家でも武家でもおこなわれました。

 なんちゃって

大名クラスになると、右筆という達筆な文書係がいるので、そいつに代筆させて、本人は署名だけということもありました。
花押も、もう輪郭だけの(白ヌキの)ハンコにしておいて、捺印した中を筆でなぞって埋めるというような横着もおこなわれてました。

しかし、花押をハンコにするなんてことは意味をなさない。花押は書判(かきはん)とも言うんです。自分で書かないとダメ。

本当は本文だって自分の言葉だから、ワープロや代筆ではなく自分で筆記するのが筋です。

なお、筆跡鑑定は、化学的というか物理的なやつと、プロファイル的あるいは心理学的つまり占いとしてのやつがあります。
後者はグラフォロジーといって俺も少しできるので、機会があればコーナーを作ります。

 武士の書斎は狭い?

江戸城の将軍の書斎は「御用の間」といって、書状を書いたりサインしたりする部屋です。
ここは珍しく将軍が一人になれる部屋で、将軍のほか、御小姓頭取(第一秘書みたいなもの)しか入室することができませんでした。四畳半しかない。
目安箱の書状とか、秘密文書は、ここに保管されていたそうです。

そのとなりに、将軍が仕事中にひと休みする楓の間というのがあるんだけど、こっちはただの控室なのに、8畳2間もあるんです。

 印判との使いわけ

ハンコは花押より略式です。
両方使うのは、こちらの意思を強く通したいという意味になり、遺言や宣誓に使います。

篆刻の決まりごとはあまりにも奥が深くて、俺にはとうてい御説明できないので、どこか専門サイトへ行ってください。
うちの母も先祖代々の書道の塾をやってますが、篆刻だけはどうにもなりません。

俺は彫るのが面倒なので、感光で硬化させるスタンプ製造機でやっちゃってます。ハンズなどにあります。
しかし、長く使うんだったら蝋石がいい。中国物産展などに行けば、中国人の職人さんがいて、思いのほか安い値段で、目の前ですぐ作ってくれます。

 血判

ただし、血判は花押より重い。自分の血で押す拇印です。

時代劇では、脇差を少し抜いて、鍔元の刃を右手親指で押して、指を縦に軽く切って血を出し、それを押しつけている。
わりと浅くても(1.5ミリくらい)、すぐ血が出て、すぐ止まります。こんな感じ。

こういう画像が苦手な方は申し訳ありません。痛みは全くないんで。じっくり紙に押し付ければ左のようになり、ちょっと触れた程度では右のようになる。

やはり縦がいい。横に切ると、その日は指を伸ばすたびにジンジンする。
縦でも横でも、直後から、刀を持つのも箸や鉛筆を持つのも支障ないし、翌日には何の違和感もありませんが、横は縦より治るのが遅い気がする。

これがイヤなら、根元は刃引くか、いっそ脇差は模造刀にして、刃に朱肉をつけておけば、血判の略式になるかもしれない。
ハバキがきつければ、鞘に朱肉はつかないはず。

江戸時代には、左手薬指の爪の近くを針でつつくのが一般的だったようです。
しっかし、剣術の命とも言うべき左手薬指を傷つけちゃうのはどうも。
右手は親指と人差指の根元で刀を挟むようにして、右手親指の先はガッチリさせず、手の内に余裕を持たせるのが剣の極意ではあるので、右手親指の先ならば、それほど不都合ないと思うんですが(もっといいのは右手人差指?)。

誤解があるといけないので、念のため申し添えます。
うちの日記によく出てくるナースの友達が言うには、なんであれ外傷は感染が恐ろしく、トゲ抜きだろうが靴ズレだろうが、患部はきっちり消毒し、刃物はよく研いで事前に煮沸しなさい、とのことです。
御説ごもっとも、まったく正論だけれども、そんなこまかい心配する人は、そもそも血判なんてバカなことはしないでしょう。
捻挫や打撲をするとわかっていて武術を習い、うつされるとわかっていて風邪ひいた彼女を看病するように、自分の指を自分で切るという愚行をわざわざやる所に血判の決意の重みがあるわけです。

 拇印

警察では黒のスタンプ台を使い、左手人差指を押して、印鑑のかわりにしてます。
このスタンプ台はゴム印に使うようなやつとは違っていて、もっと油っこい、ザラザラッとした感じです。

70年代末期頃は全部の指の指紋を取ることもありましたが、最近は1本だけです。
もちろん犯罪容疑がかかってるんだったら10本取るでしょうが、何も悪くなくても、警察署の窓口で印鑑を持ってこなかったという時に、昔は10本取ったんです。

拇印は屈辱的と感じる人もいて、外人さんは拒否するみたいですが、お役所ってのは何でも決まり事で公文書を作るんで、末端の官吏にダダこねても、先様だって困ってしまってワンワンワワンなだけです。

郵便や宅配便の受け取りは、サインで通用しますよね。欧米はサインが当たり前らしい。
ハンコや拇印っていうのは、やっぱり御名御璽とか血判の文化か、指紋という警察の感覚か、なんにしても保守的、よく言えば正式で古風なものと言えそうです。

80年代の硬派不良学生の間では、果たし状や絶縁状が発行されることがあって、俺も何通かやりとりしましたが、たいてい拇印があり、朱肉でなくてもインクでも赤が一般的でした。

 

 ハンコ

余談ですが、ハンコと印鑑は違います。
道具がハンコ(判子。印章)で、それを押し付けた結果としての痕跡が印鑑(印影)。
うちの近所の飲み屋の看板娘の持ちネタに、「灰皿ください」「持って帰っちゃダメですよ」ってのがあったけれども、「ハンコください」では、配達の人に持っていかれる(笑)

でも、「ハンコウください」なら間違ってない。
漢字で書けば版行、これがハンコの語源でもあるのですが、版を押し付けて印刷発行する行為のことだから、これなら印鑑と同義。

ついでに言っときますが、ハンコで開運しようという考えは、まあよしたほうがいい。理由は「墓所」に書きました。

 エンボス、封ロウ、封印

プレスして、紙に凸凹で名前などを打つのがエンボス、封筒のふたにロウをたらし、まだ柔らかいうちに印を打つのが封臘封印です。
少し大きな文房具屋に行けば全部揃う。俺も愛用してます。サインと併用すれば完璧。

少しコツがあります。
蝋をケチケチしないで、いっぺんに、たっぷり垂らすこと。迷わず一回で決めること。
蝋は派手な赤や青でも意外にサマになりますが、金銀はムラになって色がうまく出ないことがある。

 便箋

便箋も、できれば自分独自のやつがいい。
俺は広〜い罫線の入った手漉き和紙を使ってます。

原稿用紙で手紙を送るのは失礼であり、なぜなら下書きを送ったことになるからですが、そんなバカがいるわけないと思っていたら、ついに実例を見ました。

罫線が印刷されたのを使うのは、1枚の紙を2枚にする(紙の厚さを半分にする!)という偽造技術があるからです。

しかし便箋が薄いと、別の問題がある。
封筒のふたは普通、ペーパーナイフを入れる隙間をあけてのり付けしますが、この隙間から長いヘアピンのような道具を入れて便箋を巻き取り、引っぱり出して読んで、また元通り…というテクニックがあります。戦時中のスパイがやったことです。

 濃く書け

緊急の手紙(特に御不幸の知らせ)は、のんびり墨を摺ってるヒマがないから、薄い墨で書かれます。
だから、たいして急用でもないのに薄墨で手紙を書くのは人騒がせ。

逆に、香典の上書きなんかは、時間があっても薄墨にしますよね。
濃く書くと、生前から準備してあったみたいで、死ぬのを待ってたみたいだから。

昔の人は、無事です安心してくださいという手紙を旅先で出すようなとき、封筒に「平安」というような言葉を書き添えて、受け取った人をまず安心させるという気配りをやってます。

万年筆にしてもボールペンにしても、男だったら堂々と、真っ黒なインクを使いましょう。「製図用」というのを買ってください。

セピアというのはイカ墨のことで、鼻つまみのクサイことであり、武人ではなく文人、枯れた軟弱ポエマーが使うものです。思い出がイカ臭いなんて、懐古趣味が聞いて呆れる。オカルト的にも、署名が薄いなんてことは、運勢まで弱々しくなりますよ。毛並みが茶色の奴にろくなのがいたためしがない。

女の子ならパステルカラーにラメ入りの花押なんてのもかわいいかもしれないけど、それなら花押でなくてもいいでしょ。
漠然と高尚さを求めて伝統の権威にすがっておきながら、伝統にとらわれない自由な発想とか言って、稽古のキツい所だけ伝統を否定し、改悪しちゃうのは、自信がねえくせに不遜という、まるで三流の武術団体。

なお、インクは褪せます。光にさらすと色が薄くなるので、インクは美術では嫌われていて、描くなら染料より顔料、サインは鉛筆一辺倒です。
墨だけは何千年でも絶対に消えない…と思っていたら、テレビショッピングで、墨汁を入れた水槽に洗剤を入れたら透明な水になっちまったのを見かけました。恐るべし。

 楷書で書け

草書が書けるのは偉いことですが、書けるのに、時と場合によってはあえて使わないというのが、もっと偉いことです。
くずし字は、あくまでも崩れてるわけです。略してる。漢字ばっかりで漢文調の文章だったらまだいいけれども、カナが多い現代文で崩すと、男の文章にしては女性的に見えて軟弱なんです。

現代では読めない人が多いから、こちらの自己満足とひけらかしのためだけに、相手を迷惑させることになる。
読める人の間でも、糸へんじゃないのに糸へんみたいな形に変化するやつとか、くずしちゃうとひどく似る字があったり、しかも、毛筆ならともかくペンでくずされちゃうと、線の太さや筆圧が大差なかったりして、わかりにくい時がある。
最悪なのは自己流のくずし方。そんなことで、どれほどの時間がはぶけたわけ?

ようやく梅もほころび始めとか、取急ぎ右御礼までとか、どうでもいい話やありがちな決まり文句は、くずしたほうがかっこいいくらいだけれども、○×学院□△中学に赴任して柔道部顧問になりまして一度お立ち寄りくださいなんていう初出の単語をくずし字にされると、まるで暗号です。
そういう部分は、そこだけでも楷書にするか、せめて、ゆっくり大きく書いてもらいたいもんだ、たかが数文字くらい。

もちろん、たしなみとして、自分の名前くらいはくずし字で書けたほうがいい。
しかしそれは、自分の名が活字で印刷されてる下に受け取りのサインとか、相手の目の前で書いてすぐ渡すというような、書いたのが誰だかわかりきってる時にこそ使うべきです。

それに、受付の芳名帳みたいなものは、楷書で書いたほうが誠実なんですよね。
普段は崩し字でもいいが、いい歳した男が、ここぞという時には、まるで小学生のように一画一画クソまじめに、わざわざバカ正直にやるという素朴さが、かっこいいんです。
ハガキの表側や、封筒だけでも楷書気味にすべき。郵便屋さんも助かる。

 署名ナシもまた署名

俗説では、これほどの名刀は誰にもマネできないという理由で、名刀正宗にはわざと銘が入ってないなんてことになってます(本当の理由は西之丸の刀のコーナーに書きました)。

署名をしないという行為もひとつの意思表示です。
禅問答的ですが、わかる人にはわかる。仏教では、「菩薩は菩薩ではない、ゆえに菩薩である」などと言います。

美術でも、私が作ったということは私の中では絶対にゆるがない真実であるのに、なんでその上サインを入れる必要がある? 私が作ったということは作品の中ですでにあらわしているし、それこそが表現という行為だ、せっかく構成した画面に邪魔だ、入れるとしても裏だ、なんてことを言う人は結構います。

名前を伏せるとすれば、恩着せがましくしたくないから、手柄をひけらかしたくないから、こちらの正体を知ると相手が恐縮または拒否するから、所属団体に迷惑がかかるから、などなど、いくらでもありますよね。

 本当に、名乗るほどの者ではないのか

しかし、サインを入れなければ完成しない、やりかけでないという意思表示、責任感、責任の所在だ、という人ももちろんいます。俺はうまく作れた作品にだけ、日本画のときの号でサインを入れてます。
紫のバラの人なんていうキザなことは、かえって先方が気をもんで右往左往するので、気を引くのが目的でやるとしても、あんまりいいと思わない。

デーモン小暮閣下とエース清水長官が、黒柳徹子さんと対談してる時に、閣下が「某W大学…」とかなんとか出身校を言った時に、横から長官が、その言い方はいやらしい、というようなことを言って、かなり厳しい表情で(って言ってもあの御尊顔ですけどね。俺にはそう見えた)たしなめた後、黒柳さんに向き直り、「早稲田大学です」ときちんと答えたのが、かっこよかったです。
隠すことが、かえってひけらかすことになる場合もある。名乗るべきところは、堂々と名乗りましょう。

武士の名乗り方は、相手との関係によって、少し変わってきます。二之丸「墓所」をごらんください。

 

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