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書物の形態と書式、
伝書に限らず文書のそれ

 

 巻子本

巻子は、巻物。掛軸みたいに巻いてあるやつです。秘伝書というとだいたいはコレ。

表装はピンキリですが、開くだけでもこまかい作法があり、それだけ重視されてる格調高いもので、これを口にくわえて印を結んで煙を出してるようなのは、庶民をケムに巻こうとする三流のニセ忍者です。

書道でも日本画でも表具ってことはあるんですが、白紙を表装したもの、つまり白紙の巻物っていうのも画材屋に売られています。これに何か教訓的なことを毛筆で書いて子どもさんにプレゼントすると、ものすごく喜ばれる「新作なんちゃって秘伝書」になるんですが、なんと、いい歳した武術家同士でも似たようなことやってて愕然とする。

 

 冊子本

冊子は、紙をたばねて綴じたもの。和本和製本。画廊や披露宴の受付に置いてある芳名帳みたいなやつです。
ノートじゃなくて武術書でも、年配の女性武道家は和帳と呼んでいることがある。

免状よりは、理論書とか思想書とか、書物に使われます。木版で印刷出版した武術書もある。

ごく簡単なものは、千枚通しで穴をあけて水引でしばるだけ。
普通は、糸でしばり込んでいく。この綴じ方に各種あり、そこそこに書道やる人は、自分でできる。絵本やデザインをやる人は、学生時代に課題でだいたいやらされる。ハンズにわかりやすいパンフあります。

バカみたいにブ厚いのもないこともないですが、普通は厚さ1センチがせいぜいで、あんまり内容が長ければ分冊にする。
数冊セットなら、(ちつ)というハードケースでくるむのが一般的です。

 

 折本

折本は、ある種の経典みたいに、ジグザグに折った紙の最初と最後に表紙をつけたもの。
武術で使われることは少ないですが、ないこともなく、御印譜(寺社のスタンプラリー)に見せかけた武術書(のようなもの)もある。

仏教では、いちいちお経を読むのが面倒なので、折本を開いてパタパタ閉じて、全ページを空気にさらすというか、風を起こすことによって、読んだのと同じ効果が得られる(だろう、たぶん)という横着をやります。

 

 切紙

切紙は、武術の場合、後述する横切紙のことです。一枚物。
入門して最初にもらうのは、だいたいコレ。
こんなの、やっとスタートラインで自慢にならないという意味で、ペラなどというバカにした呼び方もある。

 

 隠し本

古流ではありませんが、煙草の箱くらいのサイズの豆本です。旧日本軍のマニュアルが、この形式。大きな図面なども折り畳まれておさまっている。
正式な呼び方ではないようですが、俗にこう呼ばれているようです。「隠し」とはポケットのことです。

 

 竪紙

竪紙は、一枚ずつすいた紙の、全面を使う書き方。全紙とか全判ともいう。一枚物では最も正式なやり方です。
目上に対してとか、よほど改まった手紙に使う。
紙は、奉書紙という超高級紙が正式です。

懸紙という紙にくるんで保護します。いわば封筒です。

紙のことは、飛鳥山の博物館がわかりやすいです。あれと大日本さんの工場は、デザイン屋はみんな一度は見学に行くことになっている。

 

 折紙

折紙は、竪紙を横半分に折って、折目を下にして使う書き方。
いわゆる折紙付き(鑑定書つき、保証書つき)なんていうときの折紙です。

書く場所がなくなったら、反対側の表も同様に使う。
これで広げると半分が天地逆になってて読みにくいので、折目で切り離して、上下を揃えて表装することが多い。

目録(武術だけではなく、世間一般の)によく使われます。
というのは、ひとつ!なになに、ひとつ!なになに、と箇条書きで列記していくには、このくらいの天地幅で、どんどん改行していったほうがムダがない。
屋外でメモするにも張り合いがあっていい。

素材は、改まっていれば奉書か杉原、それほどでもなければ鳥ノ子の薄様などが使われます。
俳諧のほうでは、かなり大きい鳥ノ子紙を折紙にしたのを使って連歌をやったりします。

 

 切紙

切紙は、竪紙を切ったもの。縦・横・小がある。

縦切紙は、竪紙を縦に切ったもの。
薄い紙なら、おみくじみたいに紐状にたたんで、何かに結び付けるようなこともできる。
これを手紙に使う人もいます。すんごく細い短冊みたいな手紙を結構目上の人に対して送るので、慣れてない人が見ると、なんだかすごく無礼に見える。

横切紙は、折紙を折目で切ったもの。
武術の場合、これをムリヤリ表装した、ちーっちゃい巻物もある。

小切紙は、竪紙を切り取ったもの。
このサイズになると、巻物の軸や、冊子の綴じの中に、なにか秘密の一文を隠し入れるなんてこともできる。
よじって紐にして、縄に巻き込んだり、服に縫い込んだり。小さくたたんで油紙にくるんだり。
本当の密書というのは、だいたいこんなのです。

 

 午王法印

起請文に使われる紙です。寺社の護符。

和歌山の熊野は、有史以前から霊山と森林と滝の神秘的な聖地で、ここに、大陸系の太陽信仰と付属する3本足カラス、温泉の有毒ガスや幻月現象に対する畏敬、のちに仏教などが入って融合し、独自の神道文化を形成している。今では世界遺産です。

それで、本宮、新宮(速玉大社)、那智という神社があって、熊野三山とか熊野三社と呼ばれ、ぞれぞれ、災難よけのお守りの紙を発行している。
たくさんのカラスと宝珠を並べて絵文字にしたもので、木版印刷です。

この紙を、誓約書の用紙として使うと、神の立ち合いのもとに神に誓ったということだから、約束を破ったらバチが当たる、ということになっていました。
約束を破ると、まず熊野のカラスが3羽死んで、約束を破った人は武運が尽き、ライ病にかかるか血を吐いて即死するかして、死後は無間地獄や阿鼻地獄に落ちるんだそうです。

同様のものを、法隆寺、東大寺(手向山八幡)、高野山、東寺、八坂神社なども発行してましたが、誓約書に使われるのは熊野のものが多い。
これは、「午王売り」という旅の尼僧が、売春をしながら売り歩いたので、地方でも入手可能だったわけです。

午王は午頭天王のことで、スサノオ神です。
つまり、疫病神で破壊神で、情け容赦がないので、神罰が恐ろしいということ。

誓約の文章は、読みにくいから普通は裏に書くんですが、表に書いた例も少なくないです。

 

 反古

ホゴと読みます。書き損じの紙。
昔の人は、紙の裏側も何か書くのに使い、そのあとはフスマの修繕材料に使ったりして、決して紙をムダにしませんでした。
反古は、破れていたとしても、絶対にトイレットペイパーにしてはならぬという寺子屋の校則があったり、紙屑専門の回収業者があったくらい。

物を大切にしないような了見は、恐ろしいほど作品の上に出てしまうので、ものを作ったり表現したりする人は、陰で見えない所まで誠実にやります。
俺みたいに戦前教育の名残りを見た者にとって、原稿用紙や便箋をクシャクシャまるめて投げる人を見ると、殴らずにいられないです。いきなり清書しないで、まず、新聞広告の裏かなんかでやるもんだ。

宗教的に言えば文字には言霊があり、危機管理としてはゴミから情報が漏出するので、師の御名前が書かれた紙をまるめて捨てるなんてことは、頭が悪すぎる。

そして、「もったいない文化」のすばらしいことは、こういう反古、なにかの紙の裏から、第一級の歴史資料が発見されることがあるんです。つくづく、日本人でよかったと思う。

紙パックを洗って切り開いて資源ゴミに出すなんてことは、当然やってます俺も。
こういうことひとつひとつの積み重ねの厚みが、文化ということです。

 

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