←戻る   殿様教育 帝王学講座 幹部会の人数と名前

 

俺の仕事関係の直接の部下は、多い時でも15人くらいだったんですが、それでも簡単じゃなかったです。やる気のない奴、社交性のない奴、すぐキレる奴、実力のない奴、気の弱い奴、裏表のある奴、敵か味方かわからん奴、俺の座を狙う奴、50歳過ぎた奴…、それを鉄の結束で固めていくというのを毎日毎日やってみると、重要なのは自分より自分の副官だ、という結論に達しました。

 なぜ副長が必要か
万一、指揮官が不在になると、大きな組織ほど自滅します。副官は常に待機している予備の指揮官であり、これが次期指揮官としての勉強を兼ねます。
だから両方ダメージ食らわないように、指揮官は副官と違うものを食べたり、アメリカの大統領などは、必ず副大統領と別行動して暗殺にそなえてます。
副長は、いわば軍曹です。隊長が自分で、俺を敬ってこういうふうに挨拶しろヨとは言いにくいでしょう。そういうこまかい教育も副長の役目。
下っ端がミスした時、隊長は決して本人を叱らず、副長を厳しく叱る。副長も部下をかばって、自分のせいにする。いやらしいけど、このへんは多少は計算して演技でやります。

 隊長は何もしない
副長に実力があれば、できるだけ実質的な指揮は副長がとる。隊長はその責任を負うのが仕事。むしろ隊長のほうが予備の指揮官になるわけです。というか、ちょっと前の西武のように、全員がなにをすべきか把握していて、言われなくても動くのが理想。権藤さん野村さんもコレなんだけど、俺はどうも王さん星野さんタイプだったようで。
ボスは軽々しくどなったり、下っ端と親しくつきあってはいけない。神秘的な威圧感が必要で、ここぞという時にジキジキに声をかけてやったりすると感激されますが、しょっちゅうやってるとなめられる。暴走族や応援団の縦社会は、学ぶところが多いです。

 死ぬ時は先に死ぬ
先輩風を吹かしてるだけでは、人はついてこない。みんなが嫌がる役目、例えば特別な残業とかは、幹部がすすんでやって、下っ端は帰してやる。カンパなんかも幹部だけ。あるいは下っ端の何倍も出す。飲み代もオゴッてやるけど、ただし、下っ端と一緒に飲むのは乾杯の一口だけ。
幹部が一見ラクをしてるのは万一の時の余力を温存するためで、いざという時は幹部が全力を出して、頼りになるところを見せます。
普段から幹部がなんでもやって実力を見せつけてしまうと、下っ端は出る幕がないので、自己嫌悪でやる気が出ないし、いつまでたっても育たない。このへんの呼吸は、社会人なら誰でもわかりますよね。
そして、引き際も大切。自分がいなくても組織が機能するようになったら、引退するなり、また別の新人を育てるなりする。いつまでも権力の座にしがみつくのはミジメだし、組織のためにもならないです。
山本五十六も山本勘助もほとんど自殺だし、軍艦の艦長は、艦が沈むハメになったら、一緒に沈むことになってます。

 なぜ幹部の呼び方が必要か
人を動かすのは恐怖でも利益でもない、信頼だ、と言われています。アメとムチも大切だけど、限界がある。これはお前にまかせたぞ、と言ってやる。そこで、四天王なんて名前をつけて、俺たちは特別だ、しかも一人抜けてもダメだ、と思わせるのは有効なわけです。
右にも書いたように、たいていは信仰からきてます。信じて慕う経典や神仏があり、それをお守りする者を自認して、人数を同じ数にしたり、名乗るのは恐れ多いにしても理想像として目標にしたり。
甲斐武田家の高級武将を二十四将といいます。実際は信玄公の前から仕えてた人や、勝頼公の代になって活躍した人がごっちゃになっていたり、人選も諸説あってバラバラで、そういうふうに名乗った幹部会があったわけではないんですが、後世の人が武田家の無敵軍団に憧れて、そういうものを設定した。
そしたら、ドイツかどこかに、今も武田二十四将があるんです(笑) あちらの国の人々が武田家を気に入って、御自分で甲冑を作り、それぞれの役を決めて、パレードなんかやったりしてるらしい。それだけだったら、いい歳してコスプレかよって話ですけど、この人達がすごいのは、この団体では信玄公だけは空席にする決まりで、誰も信玄公の役をやらない。みんなで信玄公を尊敬し、信玄公の部下になりたいという気持ちなんでしょうね。

 3人は、なぜ安定するか
鼎(かなえ)いわゆる三脚は、どこに置いても安定します。三人寄れば文殊の知恵というのは、じつは少し意味が違っていて、維摩経という教典の中で、イエスでもノーでもない超越したものの見方を説く話に出てくるのが文殊菩薩なんです。中庸ないし中立の第三者がいるというのはうまくいきます。奇数グループは意見がまっぷたつにならない。
だからセイント○ォーはダメなんだよ、と言う人もいますが、最近の若い人は知ってんのかねセイン○フォー(笑) ス○ードがスピー○解散したのも、どう見ても仲の悪さが原因だと思うんだけど。
合併などでボスが2人いる場合、どうしてもどちらかが負けて1人になるんだけど、3人の場合、ボス3人の合議制ということがありえます。仲が悪くてもサンスクミといって、争った2人が力を消耗し、残った1
人が漁夫の利を取るので、結局誰も手が出せないわけです。

 セイ○トと言えば…
なつかしいセ○ント○矢の話。女大将を別格として、副官の教皇は空席だったような…。
ところで、いわば直属親衛隊である黄金が12人、後進の指導にあたる白銀が24人、新人の青銅が48人。これを合わせても84にしかならない。ヨロイも星座も88あるはずでしょう。
俺はズバリ、確信的な説を持っているので言いますが、昔「帆船座」というのがあったんだけど、あんまりでっかいので天文学者が後世、「帆座」「艢座」「龍骨座」「羅針盤座」に分割したというイキサツがあって、あの戦闘集団が古代ギリシャ以来のものだとしたら、1人でク○スを4つ持ってるヤツ、帆船座のなんとか、ってのがいるはず。
それでも87。あとひとつは蛇使座の女! あの人は別に黄金のクロ○を持っていたのでは? あるいは、蛇使座と海蛇座と両方持っていたのでは? 星座の境目がハッキリしないから。どう? 車田○美さん、これ読んでないかな(笑) もっとも、ペガサスとアンドロメダの境目もよくわからんけど。

真田さんから「双子座のもうひとりの人もクロスを着て戦ったことがある、あれは2人で1クロス」との情報をいただきました。俺の記憶では、誰も双子だとは知らなかったうえに片方は水牢に入ってたから、セイントとして認められていなかっただろうと思っていたんだけど、その後、前非を悔いてアテナに仕えたのだそうです。

 

 

 0人
大物が隊長だけってのは、ただの指導力不足。親分のほかに、どうしても次官が1人必要です。

 1人
片腕とか、懐刀(ふところがたな)といいます。隊長は裏番、影の番長として姿を見せない。新選組は副長がでしゃばってるのではなくて、なにかあったとしても副長が腹を切れば、組織や局長の名に傷がつかないわけです。

 2人
両輪とか両翼とか両腕とか、双璧とか日月とか、阿吽とか竜虎とか二龍王とか。俺はこれが一番うまくいきました。この2人は、手取り足取り親切なタイプと、ガミガミうるさいタイプとか、できるだけ違った人同士にします。
2は、易学やスラヴでは、分裂を意味して、凶とみなされる。

 3人
三羽鴉(さんばがらす)、三徳(智仁勇)とか。隊長不在で、代理に立つほどの副長もいない場合、ヒラ幹部の多数決で方針を決めるような体制に向いてます。毛利の矢。

 4人
これは3人とは逆に隊長の独裁が強いときにむいていて、四天王とか四大なんとかと言います。東西南北、火地風水、春夏秋冬などに配します。

 5人
幹部が並列で4人を超えると、急にまとまらなくなります。どうしても一人を別格にする。東西南北プラス中央です。アカレンジャーには指揮権を与えるべきです。
5人は星印で、五行(木火土金水)、五常(仁義礼智信)、五大虚空蔵、五大明王、閻魔の眷属「五道大神」、五秘密、五大力、五太子などに対応させます。六道から修羅を抜いた五道というのもあります。

 6人
これ以上になると、幹部というより、それぞれ独立した団体を率いている隊長が同盟連合してる格好になる。あまり方針を統一しようとすると壊れます。
六花(雪の結晶)、あるいは六道(天上、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄)、六観音。人間の感覚器である六根、その対象である六境、根と境の和合が六識。
東西南北の北だけ三天で四方六部天というのもあります。
プレアデスは七星ではなく六星と見るのが一般的です。
アイヌ文化では、ただ多いという表現で6と言う。

 7人
七本槍とか七賢人といって、北斗七星や七宝、曜日、七福神、七仏薬師、七観音などをかたどります。武経なども。
ユダヤなどで7を神聖視するのは、プラスマイナス中性という安定した3が陰陽2つあり、中性1がつないだ形。
英国文化では、ただ多いという表現で7と言う。

 8人
四天王の下には八天狗を置いて、2人ずつ直属にします。四天王の補佐役、若手の指導者。
八卦や八方位に配して、例の仁義礼智忠信孝悌とか、七福神プラス福助とか、八大菩薩、八供菩薩、八大明王、八大龍王、天龍八部衆、八大薬叉大将です。八門は「休門」から「開門」まで、八神は「直符」から「トウ蛇」まで8つです。
八大童子は2人別格にします。
日本文化では、ただ多いという表現で8と言う。

 9人
九星といって曜日の7天体に羅喉、計都を加えたもの、あるいは「天蓬」から「天英」まで、そのほか、十干から甲を除いた9つ、九宮と呼ばれる「一白」から「九紫」、魔方陣(魔法陣じゃないです)の9マス、天狐(九尾の狐)、エジプトの九柱神になぞらえたりします。
中央アジアや西アジアでは、9を神聖視する。
ここらへんより大勢だと、幹部というよりチーム全体の数です。

 10人
八方位に上下を加えた十天や、五行をプラスマイナスで分けた十干、閻魔を含む地獄の10の大王などにあてはめます。釈迦、正宗、芭蕉などの、特にすぐれた弟子の数。カバラではケテル(王冠)からマルクト(王国)まで。法華経を守る戦闘的女神、十羅刹女なんてのもあります。禅では修行段階を説く牛の絵が10、天台で存在の分類が10です。十大薬叉なども。
「あほ」というひらがなを「十のしま」と分解して、十の島といえば阿呆という意味です。

 11人
士という字が十一と分解できるので、士道を語る団体に11はふさわしい。十一面観音はあまりメジャーではありませんが、俺が習った系統ではものすごく重視します。

 12人
月、天宮、使徒、因縁、熊野権現、暦の中段十二客、気学の十二運、手足の経絡、雨乞いの神社、仏教で生物が生まれるパターンや経典の種類、冠位、婦人用手箱の引き出し、平安京大内裏外郭門、ローマの基本法など。
1ダースでキリがいいので、いくらでもあります。音階は東洋なら十二律、西洋だとドデカフォニー。
薬師如来には十二の誓願があり、神将は十二支や時間や月に対応します。十天に日月を加えた十二天を使うときは、四天王は置きません。
エッチな浮世絵を十二番(つがい)、照明代としての御布施や転じて祝儀を十二灯とか十二文とか十二銅と言います。

 13人
トランプ、十三仏、禅の流派、大納言家、門跡、絞首刑階段。十三月と言えば翌年の正月のことですが、太陰暦では本当に13月があり、マヤ文明では「磁気」から「宇宙」まで名前がついています。マヤでは、人体の主な関節の数として13を特別視するのだという。十三日といえば12月13日恒例のすす払いをさす。
13はモンゴルでは吉数で、12セットを1巡してさらに1つすませたことを意味する。

 14人
武芸十八般の少ないやつで、十四事というのがあります。

 16人
十六羅漢、十六大菩薩、賢劫十六尊など。ルネッサンスの世界観にもプエラ(少女)とかアルブス(白)とか16のセットがあります。十六大護は十大薬叉と三大龍王と三大天后。十六善神は四天王を含みます。

 18人
十六善神プラス梵天帝釈天で十八善神。六根六境六識で十八界。大師、羅漢、通、歌舞伎演目、中国の学士、浄土宗学問所、仏教宗派、菩薩の道具、など、18セットは多いです。字を分解して、松のことを十八公と呼ぶので、名前に松のつく団体にむいている。

(19人)
これだけは不吉とされていて使いません。たぶんおみくじの十九番が凶なのと、女の盛りである十八歳を過ぎてしまい、江戸では愚かなことを十九日と言うから。野球では、背番号19は不運という統計もあるそうです。

 20人
マヤの神聖暦に出てくる数で、「赤い竜」から「黄色い太陽」まで。金剛界外院は東西南北に五天ずつで二十天。

 21人
タロットの0番「愚者」を最後に持ってきて数のうちに入れないやり方。いろいろ話を聞くと、これが正しいやり方らしい。
21は呪術では重視します。

 22人
ヘブライ語、護国の二十二社、タロット。

 24人
武田家の武将、親鸞上人の弟子。節気。
花の開花を知らせる風、二十四番花信風なんてのもあります。

 25人
ゲルマンの古代神聖文字。二十五菩薩。

 27人
28宿から牛宿を省いたもの。俺が聞いた範囲では、これが正しいやり方だそうです。

 28人
宿曜道で使う、東西南北(青龍・朱雀・白虎・玄武)に7つずつの星座で、千手観音の眷属や、水鴎流の技はこれになぞらえてます。

 30または32人
法華経の守護神で、日替わりで熱田大明神大日如来から吉備大明神虚空蔵菩薩まで。28部衆は風神雷神を入れて30です。

 31人
女性団体の人数としてベストだという人もいる。

 33人
観音様の変化。フリーメイソンの階級。

 36人
28に対する地の動物で、12支を3種類ずつ。

 40人
中央アジアや西アジアでは、40を区切りのいい数と考える。

 52人
菩薩の修行段階。

 64人
易の卦。遺伝子。

 72人
72候。または36を天とした時の地で、孫悟空の72変化はコレです。

 108人
32と72をあわせて中国の天文学の星の数。仏教で四苦八苦を四×九+八×九と数えて煩悩の数。

 

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