74年 となりの地区まで行けば、同年代の男子がたくさんいるであろうことは、うすうす知っていたが、そっちへ遊びに行くということがなかった。 そこの不良グループに、わざわざ喧嘩を売ってしまう。 どうしてそんなことをしたのか自分でもわからない。 友達になりたかったのに、どう声をかけていいのかわからず、きっかけを作ろうとして、強がってしまった、とかいうんだったらカワイイ話だが、残念ながらそうではない、この野郎こそは男の尊厳と名誉にかけて絶対に倒さねばならない不倶戴天の鬼畜、悪の枢軸だと思った。 この少年が獅子山レオ太、地元で最大手の不良団体のボスだったのだが、そうとは知らなかった。3つ年上。 発言を撤回して謝罪したが、許してもらえない。会えば殴ってくる。一体いつまで殴られるのかがわからない。 「あいつは意外に強いから、もう殴るのはよそうかな」と思ってもらえるように殴り返すのだが、はむかうのか、生意気だ、ちっとも反省していない、とかなんとか言われて、また殴られ、しかし抵抗しないと、たぶんもっと殴られる。 偉い番長に対して失礼があったから殴るというのは、それはたしかに筋が通っている。 獅子山の団体もデカいが、その傘下にまた下部団体がたくさんあって、他の強剛大手とも提携していたから、地元のほとんどの不良学生がみーんな、自動的に俺の敵になってしまった。 この敵対関係が、このあと10年以上続く。 とかく武術をやってる人は(ただし、あんまりたいしたことない人は)、ストリートファイトの経験量を自慢する人が多いが、そんなものはぜーんぜん自慢にならないばかりか、たいていの場合は恥ですらあり、「武術の達人であるかどうか」とも関係ないことであり、その程度のことでよければ、俺の周囲では誰もがそうだった。 この年、もうひとつ大きな出逢いがあった。 西木はすぐに引っ越して二度と会えなくなったので、どんな奴だったか、もう顔もおぼえていない。 こういうふうに、男同士の阿吽の呼吸で、簡単にいく場合もあるのだが、獅子山はちょっと大物すぎた。
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この年、俺は「秘密基地の師」に出逢う。 地元で一番大きな街(県内でも3本の指に入る)に、母方の伯父がいて、数か月に一度、一家そろって遊びに行ったり来たり、泊まりっこしていた。 あるとき、とても暑い日だったが、大人たちが難しい話をしていて、かまってもらえず、伯父の家の前にひとりで立っていたら、白いワンピースをヒラヒラさせた女の子が、道路の逃げ水の中をユラユラ歩いてきて、目の前を通り、一度は通り過ぎようとして引き返し、俺の木刀を見て(当時は持ち歩いていた。居合の練習用なので、木刀といっても鞘がある)、それ斬れる?と話しかけてきた。 どこから来たのか、このへんに住んでいるのか、というようなことをしばらく話した後、琥珀色のキャンディを2つもらい、こういう時は男の人は片膝をついて受け取らなければならない、と言われた。 急に、秘密基地へ招待してあげると言い出すので、ついて行くと、住宅地に似つかわしくない深い森の中の(子どもの視点。実際はケチな雑木林だったのかもしれんが)、ちょっと開けた場所で、そこだけ木がなくて空がのぞいていて、廃止された鉄道の錆びた線路が、タンポポだかクワガタソウだか雑草の花でびっしり埋もれていた。 それはそれでスタンドバイミーで、いい場所ではあったのだが、なにが秘密基地かといえば…、これ、誰にも言わないと約束してしまったから言えないのだが、この場所のあちこちに仕掛けがあって、「やってる本人はものすごいこだわりだが、ハタから見ると、しょーもないもの」が、こまごまと、いろいろと、大量に隠してあった。 花を編んで冠を作ってくれ、これは男の人が作って献上するしきたりになっている、草の上に寝転がって手をつなごう、空を飛んでいるような気持ちになれる、とかなんとか、よくわからない遊びにつき合わされた。 俺が、もう帰ると言い出すと、その人はバサッとスカートをひるがえして振り返り、怖い顔で、「ここは私のもの、誰にも内緒」と言った。 秘密基地というのは、薄暗い所にひきこもるのではなく、そこへ入ったら、もっと明るい光につつまれなければならない。 この人が月之輪優里子ちゃん、ひとつ年下だったのだが、名前や年齢を知ったのはずっと後。 秘密基地の主宰者というのは、だいたい変人に決まっている。 武術の世界では、通りすがりの異形の人に奥義を授けられるというパターンは、陳腐なくらい、よくある。 ところが、ある程度オカルトをやっている人から見れば、出逢うべきものが出逢うのは不思議でも何でもない、まったく自然で当然なことなのである。 俺はそういうことがまだわからなかったので、こんなかっこいい出逢い方をするのは、ものすごく奇蹟的で運命的なことに違いないと思った。 →つづく
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