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 そもそも、本当に埋葬に使ったか

俺が見聞きした範囲では、中国武術やってる人たちの間では、スコップ刃は僧侶が旅先で見かけた行き倒れの死体を埋葬するのに使われたと言われてます。
俺もずっとそう聞かされていたし、誰に聞いてもみんな、その話は聞いたことがあるという。

しかし、よく考えてみりゃ、これもまた、どうしてそれがわかったのか根拠を聞いたためしがない

‘金産’と呼ばれている道具それ自体だけに関して言えば、7千年前にはもう存在してたので、墓穴を掘るのに使っても不思議はないです。
そうじゃなくて、中国武術の‘金産’という武器で、墓穴を掘るのかどうか。

今まで、このコンテンツでは、掘るという前提で考えてきましたが、もし、根も葉もないデマだったとしたら…。
実際に埋葬したという実例が、なにかの文献にあるんでしょうか?

この話の出どころは、よくわからないのですが、俺が知る限り最も早いと思われるのは季刊『武術』(福昌堂)のようです。
これがどんなに権威あるすばらしい雑誌かは、みなさん御存知のとおりですが、しかし…、これがまたややこしいことが書いてあるんで、いずれ後述します。

 

 劇中でも、悟浄は掘らない

第八十六回、悟空たち3人が人間の生首を埋めるために穴を掘るシーンで(と言っておきます、ネタバレなので)、悟浄が武器を持って目の前にいながら、なぜか八戒が熊手で穴を掘っていたりするんです。
このシーンでは八戒が一番やる気を出しているから、八戒が掘ることになったのでしょうが、道具を借りてもよさそうなもんだ。

中国武術で使う熊手は歯が7寸ありますし、魔法を使って如意棒をほかの道具に変形するなんてシーンがあるところをみると、熊手で土をすくうっていうのも、やってできないことはないと思いますが、あんまり普通じゃありませんね。
少なくとも、スコップ刃を持った奴が目の前に突っ立っててヒマそうにしてる時は、熊手では掘らないと思う。

また、第六十七回、幅が800里ある山が、すべて柿の木で、熟れて落ちた実が腐り、道もふさがっているが悪臭が尋常でないという場所を通らなければならなくなる。
このシーンでも、悟浄の武器ではなく、八戒の熊手でもなく、巨大化した八戒が鼻で汚物をかきわけて道を作りながら進むんです。
八戒は開路神という位置付けの神を元にしたキャラなので、土木工事の性質をもともと持ってるわけですが、手足ならまだわかりますが、臭いものを鼻でやるこたあないだろうに。
これは笑わせる場面として演出されてるだけかもしれません。
しかし、なにかの絵本だかイラストだかで、巨大化した八戒が熊手で道を開く姿を見た気もするんです。
ゴヤの『巨人』のような後ろ姿で、たしか、このシーンだったと思うんですが。

いずれにしても、悟浄の武器でなにかを掘ったりすくったりという意識が、原作にはあんまりなさそうです。
前述のとおり、原作の挿絵では沙悟浄の武器にスコップ刃はついていない(三日月刃だけ)っていうことが、そもそも。

 

いよいよ次回、『武器と防具 中国編』に掲載されてる図について。 

 続く→ 

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