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 民具の段階で、すでにこうだったのか

スコップ刃だけの道具とか、三日月刃だけの道具ならば、職人や農民が一揆に使うこともあったのかもしれませんが、スコップ刃と三日月刃を両端につけるという形式が、どうして生まれたのか。

たとえば、玄翁、日本のノコギリ、スパナ、バールなどは、両端を別の機能にして、1つで両端を使い分けるということをしますね。

そのへんが、禅杖の場合どうなのか。

原形になった民具が、もともと両頭だったのか。
これ1本で、草を刈って土も耕せる、一石二鳥の農具なのか。

武術家が考案して、武術として始めたことなのか。
より多くの状況に対応できるように、技の多彩さを求めて、組み合わせたのか。
普通に考えたら、これですよね。

少林寺で使われ始めてから、僧侶が考え出したのか。
禅かなにかの、宗教上の考え方か。
たとえば、陰と陽がどうしたこうしたとか?

このことは後述しますが、これがわからないと、「月牙‘金産’」がヴァリエイションなのかどうか、わかりません。

 

 「月牙‘金産’」も

三日月刃がついてるだけならば、職人や農民が、民具を一揆に使ったのかもしれませんが、石突を鋭くして、積極的に石突側で突くという「月牙‘金産’」は、どうして生まれたのか。

中国武術に限らず、長柄武器の石突側を使うことは、たいていの武器にあることで、石突としての金具があってもなくてもやることです。
どうして「月牙‘金産’」ばかりが、ことさらに、石突側を使うことを強調されるような武器になったのか。

そのへんが一番知りたい部分であり、武器事典の中で「歴史と詳細」と言うからには、そういうことが載っていないものかなあと期待してしまうのですが、載ってないから全然わかりません。

スコップ刃だけの‘金産’でも、石突側で突く動作は、套路の中にあります。

 

次回、ひとまず中間報告というか、今わかっていることを整理してみます。

 続く→ 

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