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 仙道をやっている

原作では、沙悟浄が自分の経歴を自分で語るシーンがあります。

『小より生来神気旺に、乾坤万里、かつて遊蕩す。みな道を学び天涯を訪れしにより、毎日 心神少も放たず。一朝 縁到りて真人に遇い、大道を引き開いて金光亮し。まず嬰児と■(女に宅)とを収め、のちに木母と金公とを放つ。明堂の腎水 華池に入り、重楼の肝火、心臓に投ず。三千功満ちて天顔を拝し、志心朝礼して華向を明らかにす。玉皇大帝、すなわち陞を加え、親口、封じて捲簾将となす。腰間には虎頭の牌を懸掛け、手中には降妖の杖を執定む。往来して駕を護るは吾先に当たり、出入して朝に随うは吾上に在り。ただ王母が蟠桃を降うにより、宴を瑤池に設けて衆将を邀う。手を失して玉玻璃を打破し、天神 個個 魂飛喪す。玉皇怒を発して刑曹に付し、身を推して法場の上に赴く。多虧にして赤脚大天仙、班を越えて啓奏し吾を放たる。死を免れてなお八百の鞭に遭い、流沙に貶落されて業障多し。飽けばこの河の中に困臥し、餓えては波を翻して食餉を尋ぬ。来来往往、人を喫すること多く、項下の■(骨に古)髏はこれ榜様なり。爾、あえて兇を行ない我門に上る、今日肚皮望む所有り。言う莫れ粗■(米に造)にして嘗するに堪えずと、拿住えて消停に鮓醤に■(乃木にリ)まん。』

これ、襲いかかってくる八戒に対して言ってるんで、ここでもまた最後の部分で、八戒をおちょくってるんですけどね。
なんじは、あえて乱暴しようとする、俺の胃袋はちょうど望むところがある、見たところ粗末すぎて食うに堪えないようだが、つかまえて、早めに刻んでタタキにして食おう、とかなんとか。
漢文調で読むと、戦いの緊張感がまるでなくて、冷静に大まじめに食うことだけ考えてるみたいで、ミョーに面白いんですが。

だいたい世間で知られている沙悟浄のプロフィールのとおり、このコンテンツの1ページ目に書いたとおりなんですけど。
ここで注目しなきゃいけないのは、かつて師について、仙道をやったということ。

参入して光の世界に入り、まぶしい金色の光が見える、ここまでは西洋魔術でも密教でも古神道でも、超能力開発に必ず共通する現象です。
その次の部分が決定的。
『まず嬰児と■(女に宅)とを収め、のちに木母と金公とを放つ。明堂の腎水 華池に入り、重楼の肝火、心臓に投ず。』
これ全部、仙道の内的錬金術の修行過程と、その用語です。

仙道をやったんだから、体内で気を練り上げて出神すれば、当然、道教の仙界に行くわけで。
そこで神将にお取り立てになって、いい顔だったが、西王母主催の宴会で高価な盃をおっことして割っちまった。
死刑になるところ口添えしてくれる人があって、ムチ打ちの刑をくらい、下界に落とされた。
この発言には出てこないですが、つい最近までは、7日おきに鋭い剣がすっとんできて脇腹に刺さるという刑も続いていたことが劇中で説明されている。
で、しょうがねえから、人をとって食っていたと。

 

これで結論を出してよいと思います。
深沙神が西洋の影響を受けてる神かどうかは微妙だが、とにかく現在のような形になっている『西遊記』の世界では、悟浄が西洋魔術の杖なんぞ使うわけがない。

これを前提にして、中国武器の話に戻ります。
その前に、武器を検証する方法論それ自体について、御説明しなければならなくなっちまった。

 続く→ 

 

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