←戻る  なぜ隠しページが必要だったか

       こんなの読んでもつまらないでしょうが…書かずにいられない。ただの愚痴。

 

 派閥争いにウンザリだ!

専門家のホームページや本に載ってないような、知られていない情報や、自分独自の意見を発信してこそ、個人ホームページの存在意義があると思うんです。

ところがモノをハッキリ言うということは、当然敵も作ることになるわけで…。

400年前に、Aという人が新しい武術の流派を作ったとしますよね。
Aさんの故郷には石碑や記念館が建ち、世界的にも有名になって、観光客が殺到します。

ところが研究が進み、今まで信じられていた文献がデタラメで、正しい文献が発見されて、じつはBさんが開祖だったことが判明し、Bさんに関係ある人々は、Aは本当の開祖じゃないと騒ぎます。

しかし、いったん権威ある専門書や辞典に載り、小説や映画にもなってしまうと、今さらそれを改めるのは大変なことで、Aさんの人気で村おこしをして、みやげ物を売り、旅館を経営してきた地元の人たちの生活もかかっていたりします。

一方、Aさん側では、BはAさんの人気にあやかって、まぎらわしい流派を作った、Bこそニセモノと主張し、しかも、それも確かに事実だったりします。

日本の古流では、有名な達人がいると、同姓同名を名乗ったり、同名の流派を作ったりということが、珍しくないんです。

また、都合よくAの流派が絶え、Bの流派が現代まで続くと、Aさんの武勇伝や歴史をBさんのものだと勘違いする人も出てきて、Bさんの関係者も、わざと間違われるように、あいまいなことを言ったりします。

昔の人の伝説は、年代にズレがあったり、非科学的だったりして、あきらかに嘘だとわかっていても、そういう言い伝えになっている以上、それも文化なので、伝えていかなければならない場合もあったりします。

ところが、俺がBさんを支持する先生に1回でも御指導をいただいたとします。
すると、なんだか知らないうちに俺もBさん側の一員と思われてしまい、俺は行く先々で、この問題についてハッキリ意見を述べなければならなくなるわけです。

自分が正しいのならまだ言いやすいですが、話によってはどちらとも決めがたいこともあり、自分の考えがあっても、師が逆のことを言うなら従わざるをえません。

こうした問題が数え切れないほどあり、破門された人が勝手に新しい団体を作り、そっちのほうが広く社会から評価されてしまったり、同じ技法でも、ある先生の解釈を正しいと認めれば、結果的にほかの先生の悪口になってしまったり、武道というものの性格上、みんなプライドが高いので、弁護士をたて、内容証明で抗議や質問を送り、送られたほうも聞く耳をもたないという、それはもうドロドロした世界です。

だからメールでは言えても、ホームページでは言えないこともあります。

このホームページをやっていれば、いずれ俺の師匠や先輩が、検索で見つけて、偶然入ってくる日が来るはずです。
その時は、俺はただのパンダ!ということで勘弁してください。

人の争いをおさめるのが武道なら、それが原因で波風立ててどうすんの?

日本一の品揃えのバーは六本木にあります。
そこのマスターが俺に言った言葉。
「(バーテンダー協会なんて)入ってるわけないでしょう、そういうものが一番嫌いだから、この仕事選んだのに。」

 

 オタクの人への悪影響

チャットしていたら、自分は○○流(きいたこともない名前)の何代目当主だ、なんて言ってる女の子がいたんです。
中学生くらいなら自分は宇宙人だとか言い出す子だっているから笑ってすむんですが、20歳は越えてるようでした。
それで、技法のことで鋭いツッコミを入れると、基本を知らないようなデタラメを言うし、難しい漢字で特殊な読み方のハンドルを使っていて、貴族のような言葉使いをしているところが、ヤオイ系に思えてなりませんでした。

そこで思ったのは、もしかして俺もこういう人たちと同類だと思われているのではないか、ということです。そんなのと一緒にされちゃかなわん!

ゲームやアニメやマンガが悪いと言っているのではないんです。
そういうものが好きでも、立派に成長した人格を持っている人はいくらでもいるし、仮想を仮想とわりきって、パイロットになる気はないけどフライトシミュレーター、というのなら、それはそれでいいんです。

でも、本当は強くなりたいのに格闘ゲームで室内にこもり、モテたいのに美少女ゲ−ムをやって女の子に気味悪がられている人たちっていうのは、あんたら、どんどん目的から遠ざかっているじゃないか。

もちろん多かれ少なかれ、そういうものは誰にでもあるし、インターネット自体が現実逃避的なのかもしれない。
でも、武術や妖術の世界は現実のものです。
「ぱんだ城」は、日常生活の役に立たなければ意味がありません。

オタクの人たちは、幻の隠し武器とか、秘伝の奥義とかいうものが好きで、たぶん自分の欠点を、そういう別世界のアイテムで安易に補った気になって、自分は偉いと言い訳しているんだと思うんです。
そうせざるをえないから、そうしているのであって、御本人が悪くないということは、もちろんです。
がんばっているのに満たされないとか、何をどうがんばればいいのかわからないとか、なにか、そうさせている原因がある。

伝統、しきたり、何代目っていうのも、孤独で自信のない人が権威付けに使いがち。
退行、子宮回帰願望です。

『心理学者の意見によると、ある種の精神的傾向の人々には、つらい現実を逃避して、自分だけの小さな封鎖的世界に閉じこもりたいという、やみがたい欲求が支配しているという。すなわち、いわゆる精神分裂症(シゾフレニイ)であるが、神話とか象徴とか儀式とかを好む奇妙な性向の人々もまた、この範疇に属すると見てよいだろう。要するに精神分裂症者とは、現実と空想世界とを逆転させ、もっぱら空想世界を現実として生きる人々のことなのである。』(澁澤龍彦『秘密結社の手帖』)

そういう人にとっては、「ぱんだ城」の内容がかえってマイナスなんじゃないかと、心配になってきました。
俺自身、仕事も家庭もうまくいってないので、自分に言い訳やなぐさめをすることが、どれだけハングリー精神を消去してしまうか、誰よりもわかっているつもりです。
わかっているなら、こんな長い文章打ってるヒマはないですが(笑)

たしかに、戦闘能力や超常能力を手に入れようというのは、たいてい動機はコンプレックスです。
それはいいんだけど、熱心に練習しすぎる人の中にも、こうした問題はあります。
俺がある先生に入門したとき最初に教わったことは、仕事や家庭を犠牲にしなければ道は極められないが、それを口実にして道場を逃げ場所にするな、どんなに達人になってもそのジャンルに興味ない人から見ればただの人にすぎない、ということでした。
師はすべてお見通しだったに違いありません。
仕事や家庭をほったらかして道場に来れば、先生先輩とチヤホヤされて、いい気分になれる、これも現実逃避です。

 

というわけで、隠しページを作りました。
 →こちら 

 

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